九州・佐賀の有明海で海苔漁師として生きてきた男が、52歳にして「ラ・カンパネラ」に魅了され、7年かけて弾けるようになった──。数年前にこのニュースを知ったとき、本当に衝撃を受けました。
さらに衝撃を受けたのは、この実話が映画になっていること。
主演を務めるのは、俳優の伊原剛志さん。なんとこの映画、演奏シーンも本人が実際にピアノを弾いているというから驚きです。
ピアノ好きとしては見逃せない!と感じた私は、作品の背景や見どころを詳しく調べてみました。
映画「ら・かんぱねら」とは?実話をもとにした挑戦の物語
映画の主人公は、海苔漁師として長年働いてきた徳永義明さんがモデル(映画では主人公の名前は徳田時生(とくだ ときお)に変えられています)。
52歳のとき、フジコ・ヘミングさんがテレビで「ラ・カンパネラ」を弾く姿を見て、「これ、自分も弾いてみたい」と思ったのがすべての始まりだったそうです。
そこから、独学でピアノの世界へ。
楽譜も読めなかったのに、少しずつ練習を積み重ね7年かけてあの難曲を弾けるようになるなんて…もう、聞いただけで心が震えます。
なぜ52歳の海苔漁師が「ラ・カンパネラ」に挑戦したのか?
話をもう少し詳しくしますね。
海苔漁師として生きてきた徳永義昭さんが52歳でピアノに目覚めたきっかけは、なんとパチンコで大きく負けて落ち込んでいた時に偶然テレビで聴いたフジコ・ヘミングさんの演奏だったそうです。
それまでクラシックはまったく知らなかった彼が、一瞬で「この曲を弾きたい!」と思ったというのがすごい。
全くの初心者が太い指で鍵盤を叩きながら、YouTubeで「光る鍵盤」の動画を止めては指の動きを一音一音確認するという根気強さで練習を続けました。
1日数時間、時には12時間にも及ぶ練習を重ねるように。冬の漁でかじかんだ手を温め、ピアノに向かう日々。その姿に、周囲も少しずつ応援するようになります。
やがて彼の演奏はYouTubeで話題となり、「勇気をもらった」「感動した」との声が全国から寄せられます。さらには学校からの演奏依頼やテレビ出演のオファーまで舞い込み、2019年には憧れのフジコ・ヘミングさんとの共演という夢まで叶いました。
彼の歩みは、NHKのドキュメンタリー『漁師と妻とピアノ~「ラ・カンパネラ」を奏でるのり漁師~』でも取り上げられています。
伊原剛志さんも挑戦!ピアノ初心者が”本当に”「ラ・カンパネラ」を弾いた
主演の伊原剛志さんは、映画のオファーで弾いている風で構わないと言われたものの、撮影までの半年間、1日6時間の猛練習を積み、「楽譜が読めないので、先生がお手本で弾いてくれたのを見て、覚えて、実践する。これをひたすら繰り返しました。」
そして144小節にも及ぶ「ラ・カンパネラ」を完全暗譜で弾けるようになったんですって。
凄すぎる。
私も少しピアノ経験があるのですが、楽譜を使わないで弾くということがなかなか想像できません。先生のお手本を見て覚えていくというのはとてつもなく根気がいる作業なんじゃないでしょうか。ここまで短期間で超難曲をものにするなんて、「信じられない」という感想しかないです。
撮影では実際に弾く手元の映像にも挑戦。音源そのものは別録りだったとしても、ピアノに向き合うその姿勢は本物で、手の動きや指の形に“演技”では出せないリアリティがあると思います。
つらさや苦しさを感じながらも続けられたのは、ピアノが持つ唯一無二の魅力に魅了されたからだそう。撮影が終わった後も、折に触れピアノを弾いているとのことです。
せっかく弾けるようになったのですから、より完璧に弾けるようになったら素敵ですよね。
夫婦で紡いだ“もう一つの奇跡”──音楽がつないだ青春と再出発
徳永義昭さんと妻・千恵子さん。50代でピアノという未知の世界に挑んだ義昭さんを支えたのは、音楽の道を歩んできた千恵子さんの存在でした。けれどこの物語は、実はもっと昔──青春時代に始まっていた“奇跡”の続きなのです。
2人の出会いは高校時代。佐賀東高で先輩・後輩として出会い、やがて交際を始めた義昭さんと千恵子さん。当時の義昭さんは、今と変わらず「とても頑張り屋だった」と千恵子さんは振り返ります。
千恵子さんは幼い頃からピアノが好きでしたが、中高生になると上手な同世代と比べて自信を失い、音大進学にも迷いを抱えていました。そんな彼女の背中を押したのは、義昭さんの“サプライズ”でした。
ある日、音楽室に呼び出された千恵子さんの前で義昭さんはショパンの「英雄ポロネーズ」の一節を披露。テレビドラマ「赤い激流」で流れていたその曲を、2週間ひそかに練習していたそうです。「お前も頑張れば弾ける」。その言葉に、千恵子さんは涙が止まらなかったと言います。
この出来事がきっかけで千恵子さんは音大を目指し、山口芸術短大音楽科に進学。卒業後はピアノ講師の道へと進みました。
そして人生の後半、再び音楽が2人を結びつけます。義昭さんが52歳でピアノに目覚め、「ラ・カンパネラを弾く」と宣言したとき。千恵子さんは「絶対に無理」と言ってしまったそうですが、ずっと傍らで見守り続けました。
実は千恵子さん自身も、過去に演奏会での失敗からステージ恐怖に悩んでいた時期がありました。そんな彼女を救ってくれたのは、フジコ・ヘミングさんの「間違えたっていいのよ。機械じゃないんだから」という言葉だったそうです。
人生の後半で再び音楽が二人を結びつけ、夢を追う姿は本当にドラマチックですよね。
だから映画になってるんですけど。
実際「ラ・カンパネラ」はどんな曲なのか
映画のタイトルにもなっている「ラ・カンパネラ」。フジコ・ヘミングさんの演奏で話題になり、美しく印象的なメロディーに心をつかまれた人も多いはずです。私もこの曲はクラシック曲の中ではベスト10に入るくらい好き。
でも実はこの曲、ピアノの世界では「とびきり難しい曲」として知られています。
「ラ・カンパネラ」(イタリア語で「小さな鐘」という意味)は、リストという作曲家がつくった曲で、キラキラと高い音が鳴り響くのが特徴。まるで本当に小さな鐘が鳴っているように聞こえるのです。
ただ、その美しさの裏にはとてつもないハードルがあります。片手で遠くの鍵盤までジャンプしたり、細かく速い動きを正確にこなしたり、力強さとやさしさを同時に表現したり。ピアノ歴が長い人でも苦労する、まさに“とんでもない難しさ”の曲なのです。
そんな曲に大人になってからピアノを始めた人が挑戦するなんて――普通は考えられません。少なくとも私は。それでも「ラ・カンパネラ」を諦めず夢を叶えた徳永さんはただただ尊敬しかありません。
まとめ:海苔師と俳優、2人の挑戦が重なる感動作
52歳にしてラ・カンパネラに挑んだ海苔師・徳永義昭さんの実話をもとに描かれた映画「ら・かんぱねら」。その物語に向き合った俳優・伊原剛志さんもまた、60歳にしてピアノ未経験から“本気”の挑戦を始めました。
実は私も大人になってからピアノを再開したひとり。だから「今さら始めても遅いよね…」という気持ち、ちょっとだけわかるんです。
でもお二人の挑戦を知って、「あ、やっぱりやってみたいって思ったときが“始めどき”なんだな」って背中を押された気がしました。
ピアノに興味がある方はもちろん、「最近ちょっとやる気が出ないな…」という方にも観てほしい1本です。
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